新・サンデーKUぼちぼち絵日記

季節を水彩スケッチ、お出かけデジカメ報告、 畑仕事と映画も。

麦飯 を含む記事

麦の穂が色づいています 絵日記


今の境港ではめったに見かけない 『麦』 ですが
通りかかった畑道の脇にショボショボできていたので
周りキョロキョロ〰 (((・・ )( ・・))) 頂いて帰りました

何年かぶりの 『大麦絵日記』


17大麦294_1

70爺の『麦』にまつわる懐古ばなし
《麦飯》 《そうき》 《はんぼ(お櫃)》 《農繁期》 《お母ちゃん》・・

時間ともの好き心がある方は下をクリックして見てやってください
http://stagecoach1939.dreamlog.jp/search?q=%E9%BA%A6%E9%A3%AF













お櫃のことを『はんぼ』と言います 絵日記



麦飯シリーズ? その三
はんぼ』でお時間を拝借します

麦ご飯でも米のマンマでもやはりお似合いはお櫃ですね

当地では(家では)『はんぼ』って言ってました

夏時分以外はご飯ははんぼです

木がご飯の余分な水分をとってくれて

ふっくらとしたままで保存できるスグレモノです


下の絵の大きいのは 私が知っている2代目のはんぼです

9~8人家族がお世話になったのはもっと使いこなされていて

角も丸みが出たり木目が筋状に出ていました


はんぼが新しくなった感覚 覚えています

建具職人だった親父が白木のはんぼの外側を

”柿の渋?”だったでしょうか濃いあずき色に塗ったと思います




10はんぼ(お櫃)




家に居る家族がだんだん少なくなるにつれ

大きなはんぼを必要とせず 小さいので済むようになり

下に描いたような一般的なのに替わりました

でも 正月や祭など人が集まる時には

飯台の脇に大きなはんぼがでーんと据えられていて

なんか気持も豊かになるような嬉しいような感覚になったものです



冬のご飯は ”コタツはんぼ” で温か~

10はんぼコタツ


両親と私三人の頃の冬の居間 兼 茶の間

「ALWAYS 三丁目の夕日」 の世界です



ツイおだてられて 麦飯外伝へとはまってしまいましたが

私自身しっかりと楽しみました    <^!^>








麦めし懐古・夏はそーきで保存 絵日記



麦飯で育ちました

昭和30年代中頃までだったでしょうか家は麦飯でした

麦が一割だったか二割だったか分かりません

真ん中に黒い線が入った白く平べったい麦です



高校時代の弁当に時には麦が二~三粒混ざっていたことがありました

朝 母親がご飯を炊くときに白米の上に麦を載せて炊いて

弁当箱には麦を避けて白米ご飯だけよそってたようですが

どうかすると麦が混じったりするんですね

そんな時には周りの目が気になってすぐに麦を口に入れていました



保温ジャーという便利な物が出る前です

羽釜で炊いたご飯を いたみやすい夏場は

『そーき』に入れて保存していました

『そーき』とは竹で編んだ籠です

吊るしたり持ち易くするために竹の柄がついています

布をかぶせて風通しのいいところに吊るしておくといたみ難いですね


年代の多少のずれはありますが 家はこんな感じの台所でした

記憶をたどりながら描いてみました



10飯そーき



ご飯を『そーき』に直に入れると竹の隙間に詰まって

後始末が面倒なので

い草で作った敷物を敷いた中に入れます

そうしておくと洗うのにラクなんです

い草の敷物に付いたご飯粒を洗い落としながら

水の中からすくって口に運んでいた母親の姿が浮かんできます

「もったいない」ということは

そんな姿を見ながら自ずと身につけてきたと思います

どうかするとセッた(すえった・饐った)ご飯を

洗って鶏の餌にしていました



話が 《麦飯》 から 保存方法に移ってしまいましたが

ついでですから 次は 『はんぼ(おひつ)』 の

冬場の利用について話題提供にします








アッ 麦畑だ!黄色く色づいてる 絵日記


昨日のワラビ採りの続編


帰路 南部町の田んぼ道に出たとき

「アッ 麦畑! 黄色く色づいてる」 「小麦かな ・・・ 大麦かな」

「小麦はクッチャクチャ噛んでると白いチューインガムになるんだけど」

と呟きながら車を停めて4~5本いただいて帰りました m(_ _)m



10大麦



残念ながら小麦ではありません 大麦です

でも 私が子どもの頃の麦畑の大麦とは違うようです

調べてみたけど この麦は六条大麦と言うんじゃないかな

麦ご飯や麦茶に使われるそうです

裸麦という大麦も出ていました

「そうそう はだか麦って言ってた」

主に麦ご飯や麦味噌用で

栽培は西日本が適していると書いてあります

で 当地で作っていたのは裸麦で決まりとします



P5200004


麦畑を見ると思い出すんです 小学校・中学校の農繁休業を

5月末~6月かな 麦刈り農繁休業といって

三日間ほど学校が休みになるんです

「しっかりと麦刈りの手伝いをしなさい」 「遊びに出たらいけません」

との 先生のご指導です

刈るのはいいんだけど 苦手だったのは農協での脱穀作業の手伝い

そこら中に舞い飛ぶ穂のイガイガが

背中に入ったりして痒くなるのが嫌でした

でもマジメなKU少年は一生懸命にお手伝いをするのでありました

一年間の麦飯おマンマのお世話になるんですから ハイ



麦刈りがすんだ後の畑には さつま芋の苗を植えるんです

ちなみに 当地は田んぼはごく少なくほとんどが畑地です


麦飯懐古話は 《 そーき ・ はんぼ 》 と合わせて後日・・・・

もう一つ  昨日の麦の絵を描き直しました






嗚呼懐かしのさつま芋 絵日記





「嗚呼懐かしのさつま芋 絵日記




今年も本家の畑の試し掘りのさつま芋をもらっての絵日記です
まだ少し早いようで ”いも太り”がイマイチのようでした

いろんな季節の物を描くけど ”さつま芋”が一番み易くかけます
ぶっ太い鉛筆で適当に形をとり ご覧のような色の濃淡をつけて塗るだけ
ちょっと注意するのは 薄皮が剥げて黄色になっている部分

・・・・・・・・

ちょっとシツコイ仕上がりで 新鮮さが余り出てないかな (-。-;)




9fa11cd7.jpg




5~60年前のわが家は8人家族
この時期には 夕飯前腹をすかして待っている子どもたちの前には
蒸かしたさつま芋が大きなボールに盛ってありました
まずはそのさつま芋を食べてすきっ腹を落ち着かせてから飯台に向かいます
飯台にはどんぶり皿に盛ってあるかぼちゃの煮たのとエノハの煮つけ
ナスビやキュウリもみに漬物が少々
もちろんご飯は麦飯でした

時には ご飯のお代わりをすると母親が
「ワシは腹がすかんけん」 と言って自分の茶碗から分けてくれました
思っていたより ”はんぼ(おひつ)”のご飯が少なかった時でしょうか
「おかーちゃん食べや」ともよお言えず 黙って分けてもらっていました
お蔭でヒモジイ思いをしたことは記憶にありません


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 悲しい






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